弘和さんのこと

 今週は佐藤弘和さんの『素朴な歌』を投稿した。弘和さんの曲は、『4つの小さな歌』と『4つの抒情的な歌』をすでに投稿しているので、小品のそれぞれを一曲と数えれば9曲めになる。投稿の時期やタイミングは、今のところレッスンで取り上げるタイミングと連動することが多いので今後はどうなるかわからないけれど、作品はたくさんあるので、少しずつ投稿していけるといいな…と思っている。

 弘和さん…と呼んでいいのかちょっと気が引けるところはあるけれど、そう呼ぶのは職場でそう呼ぶ人が多かったから、ということ。お互いGG学院で長年教えていた、職場の知り合いという関係だった。講師陣の間で「弘和さん」と呼ぶ人が多かったので、なんとなく今でもその呼び方で思い出す。同じ曜日に教えていたわけではないので、そう頻繁に会うわけではなく、年に何回か顔を合わせる程度の交友だったけれど、優しく穏やかな印象はいつも変わらなかった。

 知り合ったのはお互い30代の頃だったかと思うが、すでに多くの曲を発表されていて、人気も高かった。が、アーティスト気質というのか芸術家肌というのか、そういう気難しさや高すぎるプライドといった面倒なところはまったくなく、いつもにこやかで穏やかで優しかった。

 『素朴な歌』は、最初に弾いた弘和さんの曲。最初の印象は、「なんか、弘和さんらしいな」だった。優しくて穏やかな、弘和さんらしい曲だから。技術的にも比較的弾きやすく、それでいて印象的な、心に響く曲。それは弘和さんの曲に通底する魅力だと思う。平易な曲ばかりというわけでもないのだが、ギターの扱いが上手いこと、ギターへの愛が感じられること、そういうところが人気の秘密なのだろう。

 ある時、発表会の打ち上げかなにか、皆の機嫌がいい席で、弘和さんが満面の笑みで「上谷先生、僕、家買っちゃったんですよ!」と話しかけてくれたことがあった。なにかそういう現世的な話題の似合わない人に見えていたので、意表をつかれたこともあってなんと答えたかは覚えていないけれど、その意外性を超えて、弘和さんはとてもうれしそうだった。自慢するとかそういったことではなくて、とても幸せそうだった。お子さんがいらっしゃることも聞いていたし、きっといい家庭なんだろうな…と信じさせてくれるような笑顔だった。

 それからしばらくして、病を得たこと、厳しい闘病生活を送っていらっしゃること、などが聞こえてきた。そして、50歳という若さで他界された。人生というか、運命の残酷さを思わずにはいられなかった。まだ幼い遺族がいる葬儀というのは、ことさらに切ないものだったし、同じ頃、別の知人がやはり若くして急逝したこともあって、しばらくの間「無常」という言葉が頭から離れなかった。

 個人的には、芸術にあって、作品と作者の個性とは切り離して考える方が好きで、どんなに嫌なやつでもいい作品を作ることはできる…とふだんは思っている。演奏に人柄が出る…という考え方もあまり好きではなく、そもそも「人柄ね、出ちゃっても困るしね」というのが正直なところ。それでも、弘和さんの曲を弾くと、穏やかな優しい弘和さんを思い出す。そして、それはやはり美しいことだな、と思うと同時に、人生の不条理を思わずにはいられない。いまだに。

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